結局、10年かかってわかったことは、IPv6はアドレス枯渇問題を解決するために必要なものであり、それ以上でもそれ以下でもないということだ。IPv6により拓かれる未来などはなく、IPv6はそれがないと未来が来ない可能性があるための税金のような技術だったのだ。
私の10年前のプレゼンなどもネットのどっかに転がっていると思うが、「IPv6により切り拓かれる未来」と言っているはずだ*7。戻れるものなら戻って、小一時間問い詰めたい。あぁ、タイムマシンにお願い。
実は、さらに皮肉な状況がある。IPv6ならではの機能を用いたサービスは結局来なかったと言ったが、現在のフォールバック問題を産んでしまっている、NTT東西地域会社の閉域網内のサービスこそがいわゆるIPv6を用いたサービスなのである*8。問題を産んでしまっている環境にのみ、10年前の我々が夢見た世界が広がっている。なんとも皮肉なものだ。
運命に翻弄されたIPv6 - Nothing ventured, nothing gained.
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