そこで、誤解を恐れずに申し上げるなら、新聞社には「中立公正」の視点を、ときには敢えて捨てていただきたいということです。編集者の主張を堂々と展開した明治・大正の新聞から始まり、大きな部数を確保した大新聞は、次第に「中立公正」を標榜するようになりました。
しかし、中立公正とは一体何か。何百万という数の読者から、つまり利害関係の錯綜するそれらの読者の誰もからも、文句を言われないような、蒸留水のような無味乾燥な論理を展開することであるとするなら、「中立公正」は不要です。
また「中立公正」を振りかざすと、自らが中立公正なモノサシを持っているという前提になりがちで、読者に対する目線が高くなります。「国民」を代表して物を言っているような傲慢さに陥ります。
水木 楊 - 新聞案内人 :新s あらたにす(日経・朝日・読売)